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「ウゴウゴ化する世界」 第3回 阪根正行氏

■「ウゴウゴ化する世界」とは?

世界は見えにくくなったと思います。
有名/無名を問わず、明確な目的をもたない表現/情報が私たちのまわりに蠢いているような気がします。

その状況をひとまず「ウゴウゴ」と呼ぶこととします。

そうした見えにくい世界=ウゴウゴした世界を、多様性のある豊かな世界と捉えるのか、はたまたホワイトノイズと化した均一な平面世界と捉えるのかで、これから私たちがとるべき行動は大きく変わってくると思います。
本企画では、表現することを生業とした人たちへのインタビューを通じて、このウゴウゴした世界との付き合い方を探っていきたいと思います。

■建築周辺について
―現在、書店員として活動されている阪根さんですが、もともとは建築設計を生業として活動されていました。その関係で、建築に対する執筆や活動が現在も多いですね。その中でも、ユリイカでのインタビューやArt and Architecture Reviewへの寄稿など藤村龍至さんと関係することが多いかと思います。
藤村さんの活動は、特にround about journal以降の活動についてはこの時代において、ある種特異な存在に映ります。阪根さんは藤村さんの活動をどのように見られていますか。

藤村さんの能力の高さで一番評価されているのはムーブメントを起こそうとしているところだと思います。
しかしこれは藤村さんのアナウンスが上手くいっているというより他の人が誰もしないということです。理論構築ができて、メディア活動ができても、実作が伴ってくるかというと難しい。僕もそれはできなかったです。
それら全てをクリアできてるのが唯一藤村さんです。実作は作れるけどアナウンス能力が低いという人が多い。逆に言えば藤村さんが一人勝ちしているという風に思われてしまうのは可哀想だなと思います。

―理論、メディア、実作と全てをやられる藤村さんの活動は非常に意義があると思います。しかし、その一つ一つを見た時に、理論的なとこも、実作にしても物足りなさを感じる部分があります。今までそういう活動をされてきた建築家というのはいっぱいいると思います。磯崎新さんであるとか、隈研吾さんであるとか。もっとレベルが高かったようにも思うんですが、そういった意味で物足りなさみたいなものを感じませんか。

作品を作ることとそれをきちんとセールスすることが重要だと思います。組織設計事務所においては設計する人と営業する人は分かれてると思いますが、作品だけがよければ良いということではなくて両方できるというのが絶対条件です。そう考えた時に例えば安藤忠雄さんは、作品にもカラーがあるのですが、そこで忘れていけないのが北山孝雄さんの存在です。文字通り双子でタッグを組んでやっているわけです。作品は安藤さんが天才的というか、バンバンつくって、一方北山孝雄さんはある意味策士ですよね。プロデューサーとして仕事をとってきたり、まちづくりというところまで巻き込んでやっている。
隈さんにしても同様です。戸田建設にいた時は、設計の力は弱かったようですが、それに対してプロデュース能力が異常に高かった。「新建築入門」を読んでも分かるけど、建築の歴史を語りながら最後に自分の作品をドンともってくる。自分の作品が建築の歴史を全て語っているようなストーリー付けができてしまう語りの上手さがあります。僕が学生時代に聞いた話では、事務所は今程大きくはなかったけれども、隈さんがどういう生活をしていたかというと、夜の12時、1時までお客さんのところに営業しにいっていた。その他、シンポジウムにでたり、会合にでたりしていた。外回りをして仕事をとりにいっていた。そして夜中から事務所で1、2時間スタッフと打合せるというハードな生活をしていた。仕事をとるということと、作品をつくるということを両方意識的にやっていた。
山本理顕さんにしても公共の仕事を相当やっているけれども、役所の人たちに自分の作品を売り込みにいっているし、横須賀市のプロジェクトにしても向こうが山本さんに任せておけば大丈夫っていう関係をつくっている。作品集をみているだけでは分からないけど、有名な建築家というのはみんなアナウンス能力があります。
その一方で妹島和世さんは、露骨に作品制作だけに力を費やしていました。例えば妹島さんの建築をつくって、オーナーさんを納得させようと思うと大変です。しかし、苦情の電話がかかってきた時に、妹島さんは一声でそれを納得させてしまう。「妹島さんが言うんだからまあいいか」という雰囲気にさせてしまうわけです。それを営業力と言うか分からないけど、自分の作品を相手にちゃんと伝える能力と作品を作る能力が両方ないと建築家ってやっぱり難しい。
それを考えると藤村さんは建築家の適性をもっています。過去の実作をみても全然オッケーじゃないかと僕は思います。また、彼は本でも言っているけど、自分自身のバージョンアップというのをよくやります。高円寺のBUILDING Kを建てた時は、内部空間は全然設計出来てないと思いました。その時、学生に、椅子の高さが450mmだとか、机の高さが700mmだとかを説明していたけど、それって教科書に書いてあるレベルで、そんなに突っ込んだレベルまでは攻めてないと思いました。それが次の段階になったら、菊竹清訓さんのところにいた遠藤勝勧さんという有名な番頭さんの「見る測る建築」という本の話をしていた。遠藤さんは、建物の寸法が全て頭に入っているという人で、横浜客船ターミナルの実施設計を全て統括していたという人です。藤村さんがこの人の話をしていた時は、まだ自分ではできていなくて、これくらいできなきゃ駄目だよという話でしたが、その後インタビューで藤村さんの事務所を訪ねたら、窓枠の原寸図に赤チェックをいれていて、BUILDING Kの時には内部空間や窓まわりのディテールが意識されていなかったけれども、次の作品ではディテールでも藤村さんカラーが出ていたし、空間の細かな寸法も押さえられていました。
藤村さんの同期に長谷川豪さんがいます。住宅の設計は彼は相当上手いです。藤村さんはそこまでの実力はないかもしれないけど、住宅設計において長谷川さんの圧勝という差ではないし、藤村さんは自分を進化させるサイクルをもっています。だから馬鹿にしているとこっちがやられるというのがあり、その方が怖いです。もう少し上の年代でいくと、中山英之さん、乾久美子さんの方が上手くて作る力があると思いますが、藤村さんはこういった人たちを展覧会等に呼んでいるので、自分1人で建築界を背負うのでは今の盛り上がっていない状況を切り抜けられないと考えているのだと思います。また展覧会でいうと、同年代の建築家をパッケージ化して海外に売り込みに行くということも考えているみたいで、かなり同世代の面倒をみていると思います。藤村さんについては何も危惧していない。

―藤村さん的活動に対抗できる建築家は今いますでしょうか。

中山さんや石上純也さんもカラーが出てきているので良い傾向じゃないかなと思います。

■書店員になる
―渡辺明設計事務所を2005年お辞めになります。その後、書店員を職業として選ばれますがその選択に明確な意図があったのですか。

そもそも、書店員は前向きな選択ではなかったです。設計事務所を辞めたときは、設計を辞めようとしか思っていなかった。学生の時はいろいろやりたくて、映像も作るし、音楽も作るし、パソコンがあるから何でもできたけれど、それでは散漫になってしまうので卒業する時に設計と執筆の2つに道を絞りました。
そして設計事務所を辞めたときは、更に執筆に絞ったわけです。執筆の道を普通に考えれば学者というのが一番良いですが、語学能力が無いので外国の大学に入るのは難しかったです。また年齢が30歳だったということもあり、そこからドクターコースに入るというのも現実問題として出来なかった。ただ文章を書くということは決めたので、編集か書店員というのを候補にあげました。
編集は設計事務所のイメージが強く、自分の時間をコントロール出来ないだろうと考えました。一方書店員は、一日8時間という決まった時間を仕事に充てればよいので、時間をコントロールしやすいだろうと思い、書店員で次のチャンスを狙おうと考えました。親戚のおじさんに相談した時に、家賃さえ工面できればよいというのであれば昔の書生みたいに、どこかに住み込むという方法もあるよと言われたけれど、全然知らない人の家に住み込むのは今の時代では無理だと思い、書店員として働きながら執筆しようと考えました。

―書店員としての労働の8時間を除いた時間をどのような活動に充てようと考えていましたか。

書店員として8時間働けば、残りの時間で執筆が出来ます。当時、自分の時間というものについてかなりシビアに考えました。(手帳を見せる)毎日のスケッジュール管理をしっかりやって、労働以外の時間を極力読書と執筆に充ててやろうと戦略を練っていました。それでも一日4、5時間というのが限度で、休日は終日フルに執筆に充てていたのが分かります。また、設計事務所時代に体調を崩したということもあり、スケジュール帳では日々の栄養管理もやりました。
書店員として最初の頃は、ブログを見て頂いても分かるように、結構長い文章を書いていました。当時は原稿の依頼も無くて、書店の方でもイベント企画を行っていなかったので自分の時間が随分ありました。そしてある意味、仕事と執筆活動がクッキリ分かれていました。当時は建築関連で執筆というのも難しいだろうと考え、文芸誌に応募していました。そしてその後、色々な人との繋がりができ、イベントも立ち上げるようになったので時間がなくなってきました。だから今はこのスケジュール帳のようには動けていないです。

―設計事務所時代はこのような綿密なスケジュール管理をしていたのですか。

いいえ。その時は自分の時間は全くとれなかったので、仕事以外で個人的に何かをするということは考えていませんでした。

■ミニコミ周辺について
―その時期に批評家の佐々木敦さんが開設する「批評家養成ギブス」の出身者達が集って出版していた「アラザル」と云う批評誌で執筆されます。参加の経緯をお聞かせ下さい。また参加されてみて如何ですか。自ら雑誌をつくる必要性を感じたのでしょうか。

まず、音楽家の大谷能生さんの書評を書いたのがきっかけです。大谷さんのイベントに参加するようになり、話をさせて頂くようになりました。その大谷さんと佐々木さんは音楽関係の仕事でかなり強い繋がりがありました。
またこれもたまたまですが、書店で芸術書担当の同僚に映画、演劇に詳しい人がいて、その人が佐々木さんを招いてトークショーを何度かやっていました。そして佐々木さんから、若手小説家をターゲットとした連続トーク企画をやりたいという提案があり、同僚と僕と2人で担当することになりました。その頃、佐々木さんが僕のブログを見てくれて、何か書きたいならアラザルで書いてみてはどうかと紹介してくれました。
長い批評を発表する方法は、今では群像で一年に一度やっている新人賞に応募するしかない。一年かけてそのチャンスに全労力を注ぐわけです。優勝しないと掲載されませんし、とても健全とは言えない。しかしだからと言って一人で一冊の本を書けるわけではない。
一方アラザルでは、音楽について書ける人、演劇について書ける人、小説が書ける人がいて、それらの原稿を集めて一冊の本にします。読み応えのあるものが出来ますので、自分としてもやりがいがあります。ちなみに、アラザルに編集長はいません。編集に詳しい人がいるのでその人がスケジュール管理等は行っていますが、内容についての全体の方針はないです。それぞれが個々に書いたものを束ねて本にしています。インタビューなどの文字おこしは分担してやったりはしますが、基本各自が自由に書いています。ある意味昔ながらの同人誌のようにやっています。

―編集する、本を作るというところではなくて、自分の文章を書くというところにモチベーションがあるわけですね。

そうです。それなりに書く力のある人が集まれば、ちゃんと読み物になるという方針です。

―WEBではなく紙で出すというところにこだわりはありますか。

WEBでも良いと考えています。電子書籍について話した事があるのですが、中には紙にこだわりを持っている人もいました。しかし、基本スタンスは何でも良いと思っています。ただ、本は手に取って読みたいというのはあります。文学フリマというイベントがあって、そこで売る時には紙書籍の方が売りやすいですし、手応えとしても気持ちが良いです。

―ミニコミ2.0など積極的にミニコミ誌の盛り上げ活動に参加されています。ミニコミ誌については、作り手自らの編集意図がダイレクトに雑誌に反映され、大手雑誌には絶対につくれない情報を込めることが出来、場合によっては非常にクオリティの高いもの、社会的に意義のあるものをつくれる可能性があると思います。しかしその反面、ミニコミ誌はその内容がどれだけよかったとしても、その影響範囲が余りに狭いという問題を抱えています。その点をどのように考えていますか。

その辺りはよく指摘されているところでもあります。宇野常寛さんが出している「PLANETS」とうい雑誌は3000~4000部売れており、そこで初めて一般商業誌とも対等な立場で世の中に物申せる権利を得るのだけれど、残念ながらミニコミ誌で他にそこまでさばけているものはないです。そうなると、ミニコミ誌は内輪のノリでしかない
そこで、昨年「電子書籍時代の同人誌」というミニコミ誌を十数誌集めたイベントを組んだのですが、そのときも考えが真っ二つに分かれました。ちゃんと売っていくべきだという人と、単純に書きたいものを書ければ良いんだという人の間で会話が成立しなくなってしまった程です。売っていかなくてはならないというのは、ある種のプロ志向というか、食べていきたいという意思がある人達です。その人達は部数というものを意識しており、部数を伸ばしていって商業誌と対等に情報を発信したいと考えています。
ミニコミ誌が抱えている問題は、年2回の文学フリマで100部、200部売るというのは可能なことなのですが、その次の書店での店頭販売のハードルがかなり高いということです。多くの商業誌の中で文学フリマと同じだけの部数を売るというのが極めて難しい。それをクリア出来て初めて次の展開が見えてくると思います。そのレベルまで行けているミニコミ誌は一誌か二誌しか無いです。合同会社コンテクチュアズが「思想地図β」という雑誌を、大手の流通にのらないで自分たちで売り込んで部数をどれだけ伸ばせるかというのをトライアルしています。彼らがその方式で何部さばくかというのが他のミニコミ誌にとって一つの目標になると思います。(※2011年3月現在、2万7000部)

―阪根さんは、売っていくべきか、自分の書きたいものを書くべきか、どちらのスタンスでやられていますか。

両方必要だと考えています。書いたものに対してリターンが無いと成り立たないという現実もありますから。書き続けていくためには、大金は稼がなくてもよいのですが、年間500万円ぐらいは稼ぎたいです。ミニコミ誌の場合、そこまでいっていないですが、単に書くだけではなく、そういった話もよくしています。

―売っていくとなった場合に、阪根さんは書く内容を変えていくのですか。それともセールス方法を見直すのですか。

セールス方法を見直します。内容のクオリティはそこそこ合格圏だと思っています。どう売るかが重要で、セールスのタイミングにしても、ツィッターの活用にしても、初歩的なところでセールスの力がついていないので、そちらをまずは上げていきたいと考えています。

―阪根さんは10年代の一つの傾向として『自律』というキーワードをあげられています。それは東浩紀さんや藤村龍至さんの活動の中から抽出されたキーワードです。書き手(ライター・批評家)が作り手(編集者)となり、自分の文章を載せる雑誌や書籍までつくり出し、自らの売り出し方まで考える、そしてムーブメントをつくっていく、そうしたことが要求される時代だと思うのですが、佐々木敦さんが指摘するように(アラザルVOL.3「佐々木家の日常」)そうした情況は振る舞い方のうまさに評価の中心が移動する恐れがあると思います。つまりそこで書かれている内容は問わない、と。その点についてはどのようにお考えでしょうか。

ゼロアカ道場での自分をプロデュースする力というところばかりに注目が集まって、書くことがおろそかになっているという指摘は、僕も確かにそう思います。しかしこのことをもっと広い意味で言いますと、もはや出版社に頼れない、出版業界の制度自体が既に崩壊しているということの現れだと考えています。今は、数を売るということを書き手も意識しなくはならない。セールスは出版社に丸投げ、書店に丸投げではなくて、書く人も売るという意識をちゃんと持ってやらないと、ただ書くだけではなかなか売れない。理想は、売る意識を、書き手、出版社、書店の3者がそれぞれにもって連携していくことです。

―建築設計をやられていた頃は主にクオリティを上げることに注力されていたと思いますが、書店員になられてからセールスを強く意識されるようになって、制作に対してある種冷めたりしなかったのですか。

経済的に自分を成立させる為というのもありますが、例えばテレビ業界であれば大きなお金が動く中で、制作者はいかにクオリティを上げるかということを考えていればよいと思うのですが、出版業界ではセールスをおろそかにするとそれこそ良いものを書ける人が全滅してしまいます。僕の今の立場では、セールスをもっとサポートし、良い書物が生まれる環境を作りたいと考えています。しかし一方で、書き手は書くことだけに集中していればよいかというと、疑問が残ります。

―分業は構造的に美しいという考えに疑問があるということですか。

芸術とビジネスは別物だと分けてしまうことにも同じ疑問を感じます。ホリエモンみたいにビジネスをやっているような人も芸術的感覚をもっていると思いますし、芸術をやっている人が「今は売れなくても100年後に売れる」と言ったりしますが、その自信は勘違いじゃないのと感じてしまうこともあります。芸術とビジネスの両方のバランス感覚が必要なんだと思います。

■「書店員」としての活動
―書店員はある種、メシを食うための職業くらいのイメージであったかも知れませんが、今の話をお聞きしても、書き手と売り手の立場がどんどん融合してきているように感じます。実際、書店員の職業も阪根さんの表現活動の一部、それも主な部分になっているような気もします。一書店員からどのような経緯があって、今のような状態になったのでしょうか。

ブログをみていただければわかりますが、最初は、書店員の仕事、書店で本を売ることと、書くことを完全に分けていました。
もともと洋書コーナーに配属されましたが、僕は英語ができないので、洋書コーナーから何も発信できなかった。その後、人文書コーナーに移籍することになった。
人文書となると、ある程度なじみも深かったので、そうすると色々な活動もできるようになった。もともとジュンク堂新宿店は2フロアだったのだけど、あるとき、3フロアに増えて、その増えたときに、空いた棚があって、そこはフェア棚という位置づけだったのですが、ほとんど企画が何もない状況で、出版社から持ち込まれた企画をただやるだけという使われ方をしていました。
そこを、ある程度自由にやっていいと言われたので、最初は思想地図の1号が出たときに、「70年代生まれの若手アーティスト特集」をやって、そこから企画が続いていきました。そうなると、その企画をブログで発表しようかという風に考えるようになって、店での活動と、自分の執筆の活動が、ある程度一緒になってきました。
そのあと、2010年の2月に、「ハブ型書店の可能性」というレポートを発表して、それを編集者の人がリツイートしてくれて、それがきっかけでバッと広まりました。
そのときは、東大の自主企画のゼミで、「知の現場」という、ようするに事業仕分けなどで、人文学は金にはならないからもういらないからと予算がどんどん削減されていく中で、そうではなく人文学にはちゃんと意義があるんだ、やる意味があるんだということをもう一度考え直すような講座で、学者とかと混じって、編集者や書店員も呼んでいました。その時に話し切れなかった内容をレポートにまとめて書きました。
僕の場合、どちらかというと、人文学の評論を書きたいというモチベーションでやっていたのですが、書店のレポートを書いたらそっちの方が反響がありました。
それで、週刊読書人という新聞社から原稿の依頼がきたということなどがあったので、そこまで読む人が出て来たのなら、書店員の活動をブログの方でもどんどん出していってもいいかなと考え、段々公私混同みたいな感じになってきました(笑)。

―阪根さんの活動の仕方というのは、一つは「阪根タイガース」という個人のブログがあって、かたや書店員という仕事がある。面白いのは、書店員の仕事を「阪根タイガース」で告知するといったことをやっていることだと思います。それはかなり意識的にやっていらっしゃるのでしょうか。
本来であれば、ジュンク堂のホームページで、書店員のコラムのような形で告知するのが普通だと思うのですが、あえて個人のブログを使うということについてはどのように考えていらっしゃるのでしょうか。

もともと書店での活動と執筆活動は分けるというところからスタートしていて、書店での活動がプライベートの活動につながっていったというところがあります。要するに、書店で普段やっていることというのは、プライベートなことではない。本来であれば、店の本部に通して、webに掲載していいか確認するというのが、ちゃんとしたやり方ですが、その当時はまだ会社のwebのスタッフというのが手薄で、webで発信するという体制が取れていませんでした。そこを動かしてwebを活性化させてというのは、かなり手間がかかることだったので、個人のブログでやることにしました。僕の中では、ある意味個人的なカラーは出てしまうけれども、それが店にとってプラスに働くことであれば、いいのではないか。そう考えて最初は始めました。
それで、それはしばらく会社にある種黙認されていました。程度問題ですが、特にやめろとは言われませんでした。
その状況から、段々会社の方も変わってきて、売上げがでなくなってきたという状況をなんとかせねばならないと考えるようになってきました。よく紀伊國屋と対比されるのですが、ベストセラー、新刊本を中心に売る紀伊國屋の売り方に対して、蔵書数で勝負するというジュンク堂のやり方が出てきて、それが支持され97年に池袋店が開店してから10年くらいは売上げを伸ばしてきました。しかし、今はまだ電子書籍の影響はないのですが、ネット書店の影響が露骨に出てきて、専門書は、殆どそっちに奪われていってます。確かに、リアル書店で手にとってという魅力もあるのだけれど、伸びなくなってきたので、次の売り方を考えなくてはいけなくなってきました。
その中で、情報発信という方向に力を入れるという形に会社もシフトしてきました。Webの中で活発に活動する優秀な社員も出てきて、そういう人たちも、最初はジュンク堂の店員が、個人で何かやっているよね、まめに情報発信しているよねという風に見ていたと思いますが、そのうち交流もできて、一緒に企画をやりましょうという話とか、そういう状況になってきました。webを使って企画を立ち上げたり、twitterを使って広めたりとか、ゆるい連携が出来るようになってきたので、まあいいかなと。あくまでも程度問題で難しい面もあるのですが。

―会社の企画を個人のブログに載せるモチベーションというか、別に会社の売上げを上げようというモチベーションとは別の物があると思うのですが。

もちろん自分の活動に展開できたりとか、個人的なメリットもあります。会社に所属してやっているので、その中で一つやらなければならないこととして、自分の企画を広めて、それを売上げにつなげる。その結果は出さないといけないと思っているので、むしろ自分のブログでジュンク堂と書いたりとか、twitterのマークはジュンク堂のJをつかったりとか、そういうことはあります。

―かなりうまいですよね。うまいというか、ジュンク堂という企業に人が持っているある固まったイメージがあると思うのですけど、そこにいきなり個人の、趣味っぽい感じのジュンク堂の店員が出てくると、一気に親近感がわくというか、見る人の方は、ぐっと身近に感じてしまうような、そんな感じもあると思うのですが。

そうですね、確かにそういう意識はあります。twitter自体はあと何年持つのかわからないですけど、書き手とかも結構twitterで出てくるじゃないですか。それで、今問題となっているのは、雑誌が売れないということ。例えばtwitterとかで、情報がバンバン発信されていて、それだけでお腹いっぱいとか、その情報だけで他の人と共感できるとか、そういうことがあるので、構成や編集に力を入れた本当の雑誌が売れなくなってきたと。そういう問題があって考えてみると、雑誌自体の作り方には問題がないのだけれど、その発信の仕方に問題がある。要するに、全然知らない人に、これぞという企画をいきなりバンと出したとしても、受け手がそれを受け止められない。全然今まで考えていなかったと。むしろそれを、新潮の矢野編集長とかが、日ごろ見ている演劇のこととか、おもしろかった小説のこととか、自分の雑誌でやっている企画のこととかを日々発信していると、なんか身近に感じるし、面白いことをやっているというのを日ごろから拾える。そういう状況をつくって、そのうえで企画をバンと出せば、読者もちゃんと買える。
そういうことを考えたときに、僕が個人ブログでああいう情報を発信するというのは重要になって来る。僕もキーワードとして「誰でもメディア時代」と言っているように、店というのは、ただ単に商品を売ってるだけではなくて、HMVのCDショップがつぶれたときの話にもなるのだけれど、ここの何とかコーナーなんか変だよねとか、何か面白いよねとか、そういうことで人が来ていたということもある。だからtwitterのことを考える以前から、売場というのは、何かしらそういうところにキャラ立ちするような店員がいるかというところで決まっていたということもある。そういうところでもう一度twitterとかのメディアをきちんと活用すれば、本も買いやすくなるし、ちゃんとしたものも出るようになって来るのではないでしょうか。

―新しいものを出すときというのは、驚かせたい部分もあって、何か黙って準備して、ドンと出すところに面白みをかんじるようなところがあるかとも思うのですが。

黙っていてドンというのは、ベタな話で言えば、村上春樹の「1Q84」は情報をずっと隠していて、ドンと出してドンと売れたという感じです。でもあれは村上春樹がビッグネームだからこその戦略です。だれも知らないのにドンとやってもムダです。だから情報を刷り込むというか、そういう風にして、こちらがやっている仕事に読者を引きつけていくというのは、重要なのではないかと思います。

―阪根さん自身の名前を売るということに注目したときに、建築をやっているときから、何か自分の名前で仕事をするとか、例えば菊竹清訓になるのか、番頭になるのかといったときに、菊竹清訓になりたいというのが、感じられるのですが、書店員になったころから、自分の名前を売るというよりも、違う雰囲気になってきた感じがします。

僕は、まだできていなけれど最終的には、自分で本を書いて、それを発表したいという目標があるので、その場合、菊竹になるというのは、念頭にあります。
ただ、それを書店員の位置でってなるとおかしなことになる。その場合、番頭さんというか、書き手がちゃんといて、それをきちんと売っていくという能力が求められる。僕はどっちかというと、そっちの方が好きです。この人いいなと思う人をどう出すか。批評って、上から偉そうなことを言うよりは、こういった面白い人を、どう世の中に紹介していくかの方が重要だと思う。

―そういった意味では、書店員の可能性というか、まあ出版界において、一番責任のない立場というか、本を実際に作っていない人というか、売れなかったとしても何ら責任を負わない。そういった意味では、逆に出版界の中で、一番チャレンジングなことができる立場にあると思います。その中で何かやろうとか、そういうことはありますか。

今までの話だと、僕はセールスの方に重点を置いているという話になっていたけれど、僕はある程度割り切ってそこのところで結果を出そうと思っています。と言うのは、自分で書くことと、編集することと、売ることを全部並行してやると、これはかなりしんどいです。今はイベントの企画とかもらえるようになったから、切り盛りしているのだけど、そうすると長い原稿の依頼が来た時に、対応できるか分からない。やっぱり書くことは大変で、僕はtwitterとかブログの更新が止まっているときがあるのだけど、それは、どういう時かというと、原稿を抱えているときなんです。
作家って結構twitterは参加している人多いけど、作品と並行してブログでコメントを書く人はほとんどいない。それは、負担が大きいから。Twitterぐらいならできるということで皆やり始めたと思うんですけど。だから、書くってことは大変で、それに力を集中させないと書けないし、編集っていうことに関しても一緒で、編集っていうのはやっぱり膨大な量を読まないといけないし、僕もある程度売りながら、書きながら、人を紹介するっていう編集のようなこともやっているのだけど、もうスケジュールがパンパンで、もっと演劇を観に行きたいと思っているのに行けないし、展覧会も行けないし、小説も読めないし、という状態なので、編集業としてはもう失格です。あと出版社の営業部はどうかっていったら、出版社の営業部はもうちょっと頑張って欲しいとは思うけど、自分で店を持っているわけではないから、企画を組んで棚をつくるってことができない。そうすると、書店員と連携してやらなければならないのだけど、やっぱり壁はある。だから売るっていったときに、誰が動きやすいかと言ったら、やっぱり書店員です。書店員がある程度フットワーク軽く動けば、セールスっていうのは活性化する。そういった意味では、書店員は書かなくてもいいし、編集しなくてもいいし、一番身軽ではあるので、売るっていうことに特化して、結果を出していくというのが、今狙っているところです。

―そこに阪根さんの趣味というか思いというものは入らないのでしょうか。例えば、この本は売れてほしくないなとか、この本は売れてほしいとか。

それはあります。伊坂幸太郎さんとか、東野圭吾さんとかは、僕が言わなくても売れる。だけど、福永信さんとか、これはいいなと思うのだけど知られてないし、もう少し知ってほしいから力を入れることはあります。
もうひとつ抱えている問題は、僕一人で扱える人ってかぎられているんです。1年間に何人のフェアを出来るかを考えると、3~4人とかそういうことになる。僕も「書店員がそんなにぺちゃくちゃしゃべんなよ」、みたいなことも言われるけど、それは発言することに対して権威的に見すぎというか、例えば、大評論家が、この人を取り上げて、この人を取り上げないというと、大問題になるかもしれないけど、書店員はその辺もう少し責任が軽くていいんじゃないかと。つまり、自分が読める範囲で、いいと思った人、面白いと思った人をプッシュしていく。それで、そういう書店員がいっぱい出てきて、いろんな人をプッシュをして、そうやっていい人がある程度カバーされていく状況が一番いいかなと思っています

―まさにさっきの、書き手がセールス力をつけなくちゃいけない。それを補うのは、もちろん自分でもやらなくてはいけないのだけれどできない、出版社もやってくれない、というときに、それを補えるのは書店員だ、という意識はあるのですか。

一番自由に動けるのは書店員だとは思ってます。でも、書店員も日課としての作業があるので、その中で時間をみつけてという制約はある。ただ、そこで、出版社の人や編集の人と連携して、動けるようにすれば、いい効果もでてくる。

―もし阪根さんがジュンク堂の社長になったら、明日からどうしますか?

今の僕は本をつくっているわけでも、書店を経営しているわけでもない。だから、責任は、かなり軽い。ある程度へましても、会社は動いている。自分の影響ではなく来店されるお客さんが大半を占めている。そういったときに自分は、何かしら本屋を経営するだとか、本をつくる立場にたたないと、やっぱり責任を持った発言をできないというのは、事実です。
それで、ジュンク堂とか、そういう大きな規模の書店の経営というのは、全く別の能力を求められる。実際に今やっていることは出店攻勢をかけるとかそういうことなので、社長というのは、そういう視野をもって、そういうレベルでの勝負を仕掛けていかないといけない。それは僕の資質にも合わない。

―といっても、小さい書店を開きたいとかそういうことはないのですか。

編集をやりたいとか、書店を経営したいとかいう話になった場合は、僕はやっぱり書き手になりたい。

■売る力
―これまでにお話をお聞きして、阪根さんの中では「セールス」という側面を重要視されているんですけど、そもそも売れたらよいという問題でもないんですよね。

売れるという問題になると単純にベストセラー本の話になって、今年で言えば「もしドラ」、「サンデル」とか100万部とかそういう話にすぐなるけど、あれは出版社でも予想がつかない話で、分からない。佐々木敦さんが「1Q84」に関連して面白いことを言っていて、「1Q84」が100万部売れたのは明るい話題で純文学も捨てたものではないと言うけれども勘違いするなよと。「1Q84」を買った人が大江健三郎を読むかと言えば読まない、。それはCDのミリオンセラーが出た最後の状況によく似ている。CDの最後のミリオンセラーは宇多田ヒカルでその時、各レーベルは第2の宇多田ヒカルを狙ったけど失敗した。それは宝くじみたいなものなんだんからそんなモノを狙うべきではない。
そういう話ではなくて、純文学が1万部売れるかというと実はその数字でさえ非常に難しい。平野啓一郎さんが言っているけど小説家の収入として、本を1500円として印税10%で1冊売れて150円。1万部売れて150万円。書くペースの違いはそれぞれあるけど1年に1冊2冊出せればいいほうで、遅い人だと2〜3年に1冊。そういう人の本が1万部売れないのは大問題。よって少なくとも1万部売れるための営業力は必要で、100万部とかはどうでも良いけど、1万部売る力を持っていなくてはならない。そこを回復させていきたい。基本的には「書く力と売る力という両方が必要ですよ」っていうのが僕が考えているところで、そういった意味で「セールス」を重要視しています。

―売る力と言ったときに、買い手が全然知らない本買おうと思うのに、訳のわからない人から勧められたって買わないと思うんですよ。その時に読者は批評家なり、評論家のことばを手がかりにすると思うんですけど、阪根さんのやっていることってその立場に近いと思います。書店員としての顔を持ちながら読者が本に接するきっかけを批評や評論なりで実践している。

誤解を恐れずに言えば、一番偉いのは建築で言えば建築家で小説で言えば小説家です。それで批評家というのは作品があって初めて成立する職能で、批評家が特権的にこいつがダメだとか良いとか言うのは間違っている。せいぜいできるのはその作家の良いと思ったところを伝えること、もちろん批判も必要だけど、要は援護射撃みたいなものです。言い方は悪いけど批評家ってセールスマンみたいなもんなんですよ。

―書店員が批評家や評論家と絶対的に違うのは、いつでも会えるということあります。阪根さんはジュンク堂の新宿店に行けば会える。直に情報を交換できるし、本について教えてもらえることが出来る。その点について意識していることはありますか。

ホントはお客さんとのコミュニケーションが生まれてセールスが成り立っていくのが一番いいのだと思います。そういう状況は稀にはあるんですけど、今の職場の環境ではそういった接客に長く時間をかけることができません。今会社から求められている書店員の最重要業務は棚を整えることにあって、それでいっぱいいっぱいです。その作業を中断してお客さんと長話をしたら、後ろめたい気分になります。でも本当はこれではいけない。言われているような書店員の状態が理想だと思います。

―阪根さんはもっと意識的にそれを実践していただきたいですね。やはり、批評家や評論家がどれだけ本に対してぐっとくる論考を書いたとしても、受け手である自分はその感想や質問をかれらに言うことは気軽にはできません。その点、書店員である阪根さんにはジュンク堂の新宿店に行けば必ず会える。それは阪根さんが重要視しているセールスという観点からも強みになるように思います。

そういう意味では、BACHの幅さんとかは理想の書店員像の一つではあります。幅さんは人柄というか、そういった接客能力が非常に高いから、選書家という難しい職能が成り立っている面もある。僕はお客さんを魅了する人柄とは言えないので難しいかな(笑)。阪根を目当てで店に来てくれる人がいればいいんですけど、残念ながら今はまだほとんどいません。

―レコード屋とかはそういう文化が出来ていると思うんですけどね。いずれにしても、東急ハンズではないですけど、店員が相談やアドバイスをしてくれるような状況を本屋でも実践してもらえればすごくいいなとは思うんですけどね。
それと、書店員の重要な仕事のひとつに本を本棚に入れるという行為があると思います。本って言うには一応はそれが一冊のものとして完結した状態なんですけど、出版された瞬間にそれだけでは完結されず、他の本との関係性の中に置かれます。よって、本棚の構成っていうのはすごく重要でその本の横に何があるのか、どの本とどの本を同じ棚に入れるのかで、その本の価値っていうのが変わってくると思います。また、実際に僕なんかはお目当ての本を探してに本屋に行ってその周囲にある本を合わせて買ってしまうってことがよくあり、本が売れるっていう点にもすごく重要な要素だと思います。本棚にはなにか気にかけていることはありますか。

それについては、2つの考えがあって、それをやろうと思う気持ちとそれをやってはダメだという気持ちがあります。書店員の中で話してても意見がわかれるところなんです。
以前あゆみBOOKSっていう本屋のスタッフの方と話をする機会がありました。あゆみBOOKSって小規模なんだけどうまくいっている本屋で、話をしたのは店を任されている立場の人なんだけど、店全体をちゃんと把握しています。店にどの本を置くかとか、どこを売れ筋にするかとかすごく意識が働いていている。ある程度の売上げを出さないといけないから、極端なこだわりは出せないけど、本屋として全体をどう構成するか、そのバランスについてすごくよく考えてやっている。
それに対して自分はどうかというと、ジュンク堂くらいの大きさになってくると、当然自分のフォローできない本っていうのはいっぱい出てくる。実際自分もある程度人文系の本を読んでいるっていう自負はあるけど、自分の文脈に引っ掛かる本とそれ以外の本ってなると、自分の文脈に引っ掛からない本のほうが絶対的に多い。今まで販売してきて、自分の文脈に引っ掛かる本をお客さんから聞かれるケースは意外に少ない。違う文脈で、お客さん個人個人で文脈を築いていって、買っていくというケースが圧倒的に多い。こっちの文脈で読んだほうがもっと面白いよとか思うけど、そうじゃない。その人達が文脈を築いていて、それをジュンク堂みたいに本をいっぱい並べる中から、選んでいくというのがいいのかなと。僕の場合は知らない本とか意識が届いてない本が売り場にある程度あって構わないと思っている。その中で自分の文脈というものを育てていったらいいと思う。実際に書店員が出来ることと言えば、自分の文脈をもっと開拓していって、それをある程度反映させていくっていうことしかないから。そこで僕は、一般の棚に関しては自分のカラーを出さないように、ニュートラルにしようと思っていて、データベースのように捉えている。それとは別にフェア棚はこっちのカラーをバンバン出すっていうことで、僕の中ではある意味折り合いを付けている。

―実際阪根さんのカラーをバンバン出した棚で、本が売れたりしていますか。

売れるまでには時間がかかるんですよ。最初にやった「思想地図」のフェア棚とか結構いい棚がつくれたなと思ったけど全然売れなかった。70年代生まれの人でやっと単著を出した人たちの本をピックアップして、思想、小説、建築とかを集めてPOP書いて並べたけど全然売れなかった。何故かというと、ジュンク堂でそんなことやっているって思われていなかった、知られていなかったから。自分としてトンがったものを集めてこだわりが強すぎた部分もあるにせよ、企画をちゃんと継続させて認知させないと成功しない。あそこに行けばなにかやっているという状態にしなくてはいけなくて、それをツイッターやブログを使ってコンスタントに展開していかなくてはいけない。そこまでやってやっとある程度食いついてくれるけど、買ってもらうところまでいくっていうのは結構大変。

―昔、中谷礼仁さんが本棚について言っていたことで、印象に残っていることがあって、本棚はすべて一望できなくてはいけないって言っていたんですね。一望できない本棚は馬鹿になるって。要は本棚は頭の中の一部みたいなもので、本棚を眺めることで、本と本の関係性、連関を発見し、新たな思考が展開されるってことだと思うんですね。

そこまでは考えてなかったけど、そもそもジュンク堂は通路幅が窮々で本棚を一望できる引きが取れないんだけど(笑)。その考えは面白いですね。

■ インタビューコーディネーター:前川歩
■ インタビュー参加者:川上遊亀、川上恭輔、富樫哲之、中村憲治

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特別付録

《書店員的思考を身に付けるための30冊》
書店員的思考と言えば、例えば何でも知っていて的確なコメントができる浅田彰さんのような思考を連想することでしょう。ただ浅田さんと雖も、膨大な書物全てに精通するのは無理だし、今はグーグルや店内データベースがあるので、書店員はその点についてはもう少し気楽でいいと思う。むしろ様々な書物と毎日触れ合っていることに素直に歓びを感じればいいのではないか。ここでは、沢山の書物のなかから好きなように選んで自らの思考を組み立てていくことを《書店員的思考》と強引に定義したい。

【思考の準備を!】
01「詳説日本史B」山川出版社
02「詳説世界史B」山川出版社
03「建築史」藤岡通夫ほか(市ケ谷出版社)
04「美術史の歴史」V.H.マイナー(ブリュッケ)
05「反哲学史」木田元(講談社学術文庫)

【名著的思考】
06「純粋理性批判(上中下)」カント(岩波文庫)
07「精神現象学」ヘーゲル(作品社)
08「存在と時間(上下)」ハイデッガー(ちくま学芸文庫)
09「全体性と無限(上下)」レヴィナス(岩波文庫)
10「エクリチュールと差異(上下)」デリダ(法政大学出版局)
11「ルイス・カーン建築論集」(鹿島出版会)
12「アダムの家」J.リクワート(鹿島出版会)
13「オーギュスト・ペレ」吉田鋼市(鹿島出版会)
14「建築をつくる者の心」村野藤吾(なにわ塾叢書)
15「建築の前夜」前川國男(而立書房)

【現在的思考】
16「埴谷雄高 夢見るカント」熊野純彦(講談社)
17「思想はいかに可能か」柄谷行人(インスクリプト)
18「存在論的、郵便的」東浩紀(新潮社)
19「スピノザの方法」國分功一郎(みすず書房)
20「切りとれ、あの祈る手を」佐々木中(河出書房新社)
21「神話が考える」福嶋亮大(青土社)
22「国力論」中野剛志(以文社)
23「建築の四層構造」難波和彦(INAX出版)
24「絵画の準備を!」松浦寿夫・岡崎乾二郎(朝日出版社)
25「「批評」とは何か?」佐々木敦(メディア総合研究所)
26「散文世界の散漫な散策」大谷能生(メディア総合研究所)
27「演劇入門」平田オリザ(講談社現代新書)
28「小説の自由」保坂和志(新潮社)
29「ねたあとに」長嶋有(朝日新聞出版)
30「新・資本論」堀江貴文(宝島社新書)

(01~05)まずは歴史本。例えば聖書について、ガイド本ではなく聖書そのものを読むべきだという考えがある。しかし、それは相当ハードルが高い。事前になにかしら糸口を掴むことは重要。歴史も同様。歴史記述を絶対視するのではなく流れを知ると、その後の読書に大きなプラスとなる。
(01・02)は一般史。基本中の基本。でも馬鹿にしないで読めば色々と発見がある。一般史以外にも色んなジャンルの通史を知っておくと各々の流れを比較できて思考に幅が出てくる。僕は建築史、美術史、哲学史を選んだ。文学に興味がある人は文学史でもいいし、あるいは数学史でも物理史でもいい。
(03)は建築史を一通りする上で一番コンパクトにまとまっていてよい。
(04)は美術史の知識だけではなく思考の流れを掴める良書。
(05)も哲学の流れをヴィヴィッドに伝えてくれる良書。

(06~15)次に名著。興味があるものを片っ端から好きなように読むとよいが読み尽くすことはとてもできない。そこで僕が考えたのは自分自身の思考の軸を設定すること。僕の場合、ジャンルはもともと専攻していた建築と興味があった哲学を選んだ。哲学書は難解で読むのに時間がかかるので数はこなせない。適当に読散らしたなかからまず
(06)カントと(07)ヘーゲルの体系的な思考に共感し、僕自身の思考の軸にしたいと考えた。
次に(10)デリダの思考がフィットしたので、ヘーゲルとデリダを結ぶ、(08)ハイデッガーと(09)レヴィナスを合わせて攻略したいと考えている。
建築では(13)オーギュスト・ペレの作品に感銘を受け軸にしたいと考えた。20世紀を代表する建築家ル・コルビュジエの師匠にあたるが、作風が保守的なので過去の人と思われがちである。しかしペレの確かな技術と安定感に深く共感した。そのペレを始め、作風が通じる(11)カーンを、また日本人建築家では(14)村野藤吾とコルビュジエの弟子だが作風は保守的で堅実な(15)前川國男を建築を見る上で、また思考を展開する上で軸としている。
さらに(13)リクワートの建築の本質にせまる理論が上記の建築家が優れている所以を裏付けてくれる。

(16~30)読書の醍醐味はなんといっても現在活躍している同時代の著作を読むこと。そういった書物から思考の振幅を感じ取り、いまをどのように生きるか、自らの思考の糧にすること。(16)熊野純彦さんは現在最も注目する哲学者の一人。驚異的な読書力を誇り西洋哲学史、日本哲学史を自ら書き上げ、独自の哲学的思考を展開している。目が離せない。(17)柄谷さんの思考の切れ味、(18)東さんの思考のパワー、新鋭哲学者(19)國分さんの思考のフォームの美しさ、宗教哲学者であり自ら小説も書く(20)佐々木中さんの思考のナラティヴ感はたまらない。また(21)福嶋さんは81年生まれと若く、インターネット、データベース社会を違和感なく受け入れている。上記の人たちと思考のベースが明らかに異なる。今後の思考の展開が興味深い。(22)中野さんは現役経産省官僚。哲学を学び、思想をしっかりと持った政策立案者として注目。(23)難波さんは建築家のなかでも読書家で知られており、バランス感覚に優れた思考が勉強になる。(24)松浦さん、岡崎さん、(25)佐々木敦さん、(26)大谷さんは美術、音楽、映画などに精通している。様々な作品に常に触れ合っているということもあり、思考の自由度が高い。(27)保坂さんは小説家独特の思考を実演してくれるし、(28)長嶋さんは肩に力の入っていない作風がすばらしい。(30)ホリエモンは起業家ということもあり、その実践的な思考は学ぶべき点が多い。

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